日産証券CXレポート

ドル建て金価格、実需不在の中で売られ過ぎ

 

 2016年12月19日(月)
金融・貴金属アナリスト
亀井 幸一郎

米大統領選でのトランプ次期政権の誕生以降、市場の動きは、大方の予想を超えて1ヵ月以上の長きにわたっている。“トランプ・ラリー”の象徴、株価の急騰は、NYダウ30種でみて投票日の11月8日以降12月16日までで1510.67ドル、8.2%もの上昇となった。

かつて、NY株式市場で無配当のIT銘柄群が乱舞し、時のグリーンスパンFRB(連邦準備理事会)議長が「根拠なき熱狂」と表現したのは20年前の1996年だった。新政権の大規模な財政刺激策への期待が先行する形の急騰相場は、確かにユーフォリア(陶酔)の域に入っていることは否めない。ただ、今回は一定の業績の裏付けがあり、同一線上で捉えることは出来ないのも事実である。

その一方、急騰ペースがあまり類を見ないのは確かだ。NYダウは11月22日に1万9000ドル台に乗せたが、12月16日の終値は、1万9843.41ドルで、2万ドルの大台は指呼の間にある。1万8000ドル台から1万9000ドル台までの1000ドルの上昇に約2年弱を要した経緯を考え合せると、今回のスピードは異例といえる。

ドル建て金価格が下値を深くした3つの要素

この強烈な株高に象徴されるリスク・オン(リスク商品選好)環境の中で、“Safety Asset(安全資産)”と位置付けられている金には売りがさらに膨らみ、節目の1200ドルはもとより、1150ドルも下回ることになった。

金市場では、NY先物取引でのファンドの買い建て玉(ロング)の整理は、おおむね11月末までには一巡しており、その点では下値は1180ドル程度とみていた。

それより下値が深くなった要因は3点ある。

まず、この間の米長期金利の上昇の大きさがある(グラフ)。
指標となる10年国債はトランプ新政権下での積極財政による景気加速期待と、それによる財政ひっ迫からの国債増発の可能性という好悪両面を懸念した売りに、米長期金利は投票日前の1.7%台後半から上昇し12月15日には2.6%台に乗せることになった。

2013年5月、当時のバーナンキFRB議長が、量的緩和策の縮小の可能性を示唆しただけで、金利が急騰し、世界同時株安を招いたことがあった。今回の上昇ピッチは、その時を超えている。そして、このドル金利の上昇は、そのまま為替市場ではドルの独歩高に焼き直され、ドルも急騰。主要6通貨に対する相対的なドルの価値を示す「ドル指数(Dollar Index、DXY)は、同じ期間に97ポイント台から103ポイント台へと居所を変えた。これは14年ぶりの高値水準となる。金利を生まない金にとって、ドル金利の上昇とドル高は天敵といえ、金市場での売りの大きな背景となった。

2つ目は、12月13-14日に開かれたFOMC(連邦公開市場委員会)で示された金利見通しの上方修正である。この会合では政策金利(FFレート)が0.25%引き上げられたが、これはすでに織り込み済み。問題は会合参加者の示した2017年末の金利水準見通しが中間値で1.375%となったことにある。1会合あたり0.25%の引上げで換算すると3回の利上げを想定していることになる。

新政権発足でその政策の具体的な方向性が見えるまでは、FRB(連邦準備理事会)は2回の利上げ見通しを維持するとの見方が覆されることになった。この秋以降、米国の経済指標で好調なもの増えていることも再認識され、さらなる金利上昇が意識され金は売られた。

インド中心に金需要が低調に

3つ目は、従来であれば価格急落にともない活発化するアジアを中心とした実需の不在がある。特に需要大国であるインドの買いが極端に細っていることが、金の下値を深くしている。

米大統領選投票日と同じ日に、インドでは突如、政府が「500ルピー、1000ルピーの2種類の高額紙幣の流通を廃止する」と発表した。しかも、それはモディ首相がテレビを通じて方針を発表した4時間後の2016年11月19日0時に発効という前代未聞の速さだった(流通価値は認めないが、年内に他のお札への交換はできる。

地下経済が経済全体(GDP)の25%にも達する(世界銀行調べ)とされるインドでの、アングラマネーの燻り出しが目的とされているが、全国民の4割程度しか銀行口座の保有者がいないため、現金決済が主流のインド経済は混乱に陥った。人口大国ゆえに、新紙幣の印刷が間に合わず消費に関連する経済活動が止まることになった。

金需要に関連するところでは、まず金宝飾品の購入は現金決済で行われていることから、大きな打撃となった。また、金需要は婚礼需要と呼ばれるほど、婚礼に際して購入されるが、その結婚式自体が延期されている。ヒンズー暦では11月が新年に当たり、「10~12月の間に結婚すると富み栄える」とされ、婚礼のトップシーズンでもある。このインドの大きな需要の塊が、この金急落のタイミングで消えている。

売り建て玉が増加

12月16日にCFTC(米商品先物取引委員会)が発表したデータでは、NY先物取引におけるファンドの買い越し量は(重量換算で)402トンとなった(オプション取引を除く)。これは、今年の2月16日(365トン)以来の低水準であり、7月5日の982トン(過去最高を更新)からは60%の減少となる。

特徴としては、買い建玉の減少が止まる中、売り建て玉(ショート)が増加していることが挙げられる。11月下旬以降、NY先物市場ではショートが積み増しされており、直近では単体で312トンまで膨らんでいる。

12月15日が底か

今回のFOMCに際しての急落から察すると、さらにショートが膨らみ、ネットの買い残が減っていると思われる。先行きを見る上での指標は、米長期金利の動向だが、ここまでの急騰は、ドル高とあいまって米国経済には利上げと同じ引き締め効果になることから、早晩沈静化するとみられる。

利上げを決定したFOMCを越え、この点でも、いわゆる目先の“材料出尽くし”という判断ができよう。インドの需要にしても、大きな需要は次の婚礼シーズンとなる来年4、5月に先送られたと見ていいだろう。抑制された実需の反発が来春には期待できよう。振り子は振り切れるところまで行かないと返ってこない。総じて言うならば、NYコメックスの12月15日の通常取引の終値1129.8ドルは、当面の底値になる可能性がある。

グラフ 米長期金利の推移
グラフ 米長期金利の推移

《執筆者紹介》

亀井 幸一郎(かめいこういちろう)
マーケット ストラテジィ インスティチュート代表取締役、金融・貴金属アナリスト、1979年中央大学法学部法律学科卒業。山一證券に8年間勤務後、1987年投資顧問会社で日本初のFP会社でもあるMMI入社。1992年ワールド ゴールド カウンシル(WGC/本部ロンドン入社。企画調査部長として経済調査、世界の金情報の収集、マーケット分析、市場調査に従事。2002年現職。「急騰前に金を買いなさい」(廣済堂出版)など。

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